僕は右へ行く

適当に書くよ!

恥の少ない生涯を送って来ました。

人間失格」とは逆のようですが、まあ同じような感じです。
昔からリスクとリターンを天秤にかけて、少しでもリスクの方に傾きかけたら即離脱、みたいな生き方をしてきたように思います。
小学校も中学校も高校も。
市役所とか郵便局とか銀行に一人でいったこともなかったし、団体競技は苦手でした。
僕のミスでチーム全員が負けるなんてどんな拷問だよとか思ってました。
一人で発表みたいな、自分で考えたことを発言するようなのは正に公開処刑。
誰かの意見がないと自分の意見が存在しないような、それはつまり自分の意見は誰かの意見なわけで。
そういえば小学校の成績表の先生が一言書く欄に「もっと自分の意見を言いましょう」みたいなことを書かれたのをいま思い出しました。
やはりやることは浅はかな子供のやることというか、先生は先生なりに見抜いていたということでしょうか。
それでもとにかく僕の周囲の一定数は、あいつは大人しい奴だと思っていたに違いありません。
そこだけは自信があります、無駄に。
他人の意見に流されながらもいままで生きてきたからでしょうか、いまになってなんとなくその反動みたいな衝動が湧いてくることがあります。
反動。衝動。
まあ、仕事をするようになって、社会の荒波に飲まれるようになって、ようやく自分の意見が持てるようになったのか、大人になったのかわかりませんけれども、それは明らかにおかしいだろというときに、周りが誰も言わなくても、言葉を発することがときたまあるようになりました。
何言ってんだこいつと恥をかくこともあるようになりました。
が、別にだからといって、何か悪いという気持ちや気分になることはありません。
なんだ、僕の思ったことを言うのって、別に大したことじゃなかったんだな、とそのときに思います。
もっと小さいときからでも学んでおけばよかったな、と少し後悔していますが、まあいまからでも十分だと思っています。
だからこんな文章をこうして書いているんですけどね。